2010年03月03日

紙のサイズ - 美の比率「白銀比」

以前、リーガルサイズについて書きましたが、そのつつぎです。

『感動する!数学』という本を読んだのですが、「黄金比」「白銀比」についての話がありました。


 【黄金比】  → ヨーロッパでは古くから「究極の美の比率」

   1 対 1.618...

  ・ミロのヴィーナス
  ・パルテノン神殿
  ・ダ・ヴィンチの描いた人体図
  ・ストラディヴァリウスのヴァイオリンのfの位置
  ・オウム貝のらせん、ヒマワリの種の配列


 【白銀比】  → 日本では古くから使われていた

   1 対 √2 (1.414...)

  ・日本の建築 (法隆寺の五重塔の庇など)
  ・紙のサイズA版、B版
   ※A版はドイツ人が考案、B版は美濃紙がルーツ (江戸時代の公用紙)


ヨーロッパで作られた「A版」と日本で作られた「B版」。
突き詰めていったら同じ「白銀比」の比率になったなんてすごい! 

  
hakuginho.gif

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2010年02月23日

州都と間違われる都市 - ニューヨークとシカゴ

livedoorニュースで 「ニセ」首都?首都・州都と間違われる都市ベスト10!―英旅行サイト」 という記事がありました。



 1位は 「ニューヨーク」
  ニューヨーク州の州都は、アルバニー市 (1797年〜)。

 3位は 「シカゴ」
  イリノイ州の州都は、スプリングフィールド市 (1837年〜)。



 
私も勘違いしてました (^^;)



【シカゴの歴史】
シカゴは1833年、町になった時点で人口は350人。
市に昇格した1837年には4200人ほどだったようです。
スプリングフィールド市がイリノイ州の州都になった年に、やっと市に昇格。
まさかシカゴがこんな大都市になるとは誰も思わなかったでしょうね。
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2010年02月11日

エジソン

今日は、発明王トーマス・エジソン(1847 - 1931)の誕生日だそうです。

[おもな経歴]
 ・1877年 蓄音機(フォノグラフ)を発明 (←ディズニーシーで実物が見れます)
 ・1879年 白熱電球を発明
 ・1882年 ニューヨークのパールストリートに世界初の発電所を建設。(2007年に閉鎖)

生涯を通じて1000個以上の特許を取得。


エジソンと言えば「直流」電気。
パールストリートの世界初の発電所も直流電気のシステム。
でも時代は、「電圧が容易に変えられる」「長距離でも効率的に送電できる」交流へと向かっており、直流方式の抱える問題点は交流方式で解決することができた。
死刑執行用の電気椅子に交流を使うよう進言したり、いろいろと交流電気の妨害活動などもしたそうですが、結局エジソンは敗れることに。



復習 - 【直流/交流】

 ・直流 (DC: Direct Current)
 ・交流 (AC: Alternating Current)

乾電池やバッテリーのように、プラス極とマイナス極が固定されているものは直流電源。

[パソコン]
 パソコンは直流電源で動いている。
 一般家庭のコンセントは交流なので、ノートパソコンの場合は、 AC/DCアダプターで「交流」から「直流」へ変換。
 デスクトップパソコンは内部の電源ユニットで「交流」から「直流」へ変換している。

[交流の周波数]
 プラスとマイナスが同じ周期で入れ替わっている。
 一般家庭のコンセントはプラス極もマイナス極もない。

 東日本では50Hz (1秒間に50回入れ替わる。0.02秒ごと)
 西日本では60Hz (1秒間に60回入れ替わる。0.0166秒ごと)

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2010年02月09日

「決闘」の行動速度

西部劇とかでよくある決闘シーン。
早く撃ったほうがいいじゃんと思っていましたが、「相手の行動を見て本能的に反応する速度のほうが速い」という研究結果が発表されたそうです。
まさか、後から銃を抜いた方が有利なのか?

その差は「0.02秒」。

結局は「相手の動きを見てから銃を抜くまでに時間がかかるので、実際に勝つことは難しい」という結論。な〜んだって感じです。

ルパン三世の次元大介は何秒だっけと思ったら、「早撃ち0.3秒」でした (^o^)
0.02秒の差じゃあ、次元でも難しい。


先に銃抜く悪漢、倒せる? =「決闘」の行動速度分析−英論文
2月4日6時7分配信 時事通信

【ロンドン時事】拳銃を相手よりも先に抜こうとする意識的な行動速度よりも、相手の行動を見て本能的に反応する速度のほうが速い−。英研究チームが「決闘」に関して実施した実験で、このような結果が判明した。3日付のタイムズなど英有力各紙が報じた。
 実験したのは、英バーミンガム大学のアンドルー・ウェルチマン博士のチーム。54人が参加し、拳銃の代わりに押しボタンを使い、行動速度を計測した。その結果、自らの意思で最初にボタンを押す場合よりも、相手の手の動きに反応して押す場合のほうが、行動速度が平均0.02秒速かったという。
 同博士は「意識的に行動する場合と本能的に外部の動きに反応する場合の二つの速度を計測したのは初めて」としている。
 ただ決闘で、「正義のガンマン」が、先に銃に手を掛けた悪漢を電光石火の早業で撃ち倒す西部劇でおなじみのシーンについて同博士は、後に銃を抜く人は、相手の動きを見てから銃を抜くまでに時間がかかるので、実際に勝つことは難しいと指摘している。 




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2010年02月08日

アメリカ古物協会

アメリカ古物協会
http://www.americanantiquarian.org/

1800年代からの資料がいろいろある。

昔のお札
antiquarian2.jpg

1873年の蒸気船の切符
antiquarian1.jpg
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2010年02月03日

『アメリカ史研究入門』

『アメリカ史研究入門』 有賀夏紀/紀平英作/油井大三郎 編
 山川出版社


amaricashi.jpg
この本は「アメリカ史入門」ではなく「アメリカ史研究入門」。
読み物系の本とは違った切り口の解説で構成されています。
学術系の調べ物をする人には重宝する本だと思います。

趣味程度でアメリカ史を調べている私には専門的すぎるので、あまり縁がない感じです (^^;)
「すぐに図書館へ返却かも」と思いましたが、せっかく借りたのでちょこっとだけ読んでみる。

「通史編」「テーマ編」「資料編」に分かれていて、興味のあるところのみ参考にさせてもらうとすると、第三部の資料編が私のサイトとブログでは使える部分かなと。

 ・参考文献
   英語の本は、もともと読むつもりはないのでパス (笑)
   日本語の本は専門書レベルなので、県立図書館くらいの規模でないとないかもしれません。
   (読んだことがある本が何冊かあったので急に興味がわき、真剣にチェックし始める)
   φ( ̄ー ̄ )メモメモ

 ・オンライン情報の検索・入手・活用方法
   効率的に検索する方法を解説。
   誤用や剽窃には気をつけましょう。匿名記事や出典元は慎重に確認。フムフム。
   オンライン情報(辞典・論文・新聞・雑誌・公文書・学会)のURLは便利。
   φ( ̄ー ̄ )メモメモ

 ・文書館の案内
   公文書や地域史のURLなど。
   (ときどき見ているシカゴ歴史協会があったぞ)
   φ( ̄ー ̄ )メモメモ
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2010年02月02日

「ボストン・クリーム・パイ」 - マサチューセッツ州の公式デザート

昔よく行った近所のケーキ屋さんに『ボストン』というケーキがありました。

ホール型のスポンジケーキの中に、カスタードクリームがたっぷり入っていて、生クリームでデコレーションされたケーキでした。(→フランス洋菓子系の繊細な感じ)

久しぶりに食べたくなったのでどこかに売ってないか探してみたのですが、私のイメージとは全然違う「ボストン・クリーム・パイ」というケーキばかりがヒット。(→とてもアメリカンな感じ)

どうやら実際のボストンは、生クリームではなくチョコレートがかかっているようです。

boston_cream_pie.jpg


【公式デザート】
調べてみたら「ボストン・クリーム・パイ」は「マサチューセッツ州の公式デザート」とある!

「公式デザート」って言うのすごいですよね。公式ですよ、公式。

日本では「京都の八つ橋」や「長崎のカステラ」など、銘菓というのはあるけれど、(県花のような) 公式の県菓子なんてない (笑)


【公式ドーナツ】
マサチューセッツ州にはボストン・クリーム・ドーナツという「公式ドーナツ」もあるらしい。

ドーナツといえば、「ミスタードーナツ」と「ダンキンドーナツ」ですが、どちらも創業はマサチューセッツ州だそうです。
創業者は親戚なんだ。へぇ〜。

boston_cream_doughnut.jpg
※中にはカスタードクリームが入っている。
 クリスピークリームドーナツの「チョコレートカスタード」みたい

【ボストン・クリーム・パイの歴史】
http://whatscookingamerica.net/History/Cakes/BostonCreamPie.htm
「The Parker House Hotel」で作られた。
ホテルのレストランでは1856年の創業時からボストンクリームパイを出していたらしい。

【ボストン・クリーム・パイのレシピ (上記のレストランのレシピ)】
http://www.omnihotels.com/upload/images/hotels/bospar/pdf/parker%20house%20boston%20cream%20pie.pdf

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2010年02月01日

100年前の車のエンジン始動方法

今日スーパーの駐車場で、車のバッテリーが上がってしまい困っている人がいたので助けてあげました。とは言っても、単にボンネット開けてバッテリーつないだだけです。ははは・・・ (^○^;)

【復習】 ブースターケーブル接続方法


ちょっと素朴な疑問が・・・

「100年前はどうやって車のエンジンを始動していたのか?」


昔の車についての疑問はたくさんあるんですよね。給油場所とか燃費とか速度とか・・・

まずは、エンジン始動方法を調べてみる。

現在のような電気のセルモーター (スターター?) は、「1912年型のキャデラック車に初めて採用」されたようです。
T型フォードで装備されるようになったのは1917年から 。(オプション装備)


Yahoo! 百科事典「セルモーター」 より

初期にはエンジン前方のクランク棒を手で回して始動させたが、強い腕力を要するために女性や老人にはきつい仕事であった。さらにエンジンの不正爆発による逆転で腕や顎(あご)の骨を折ったり、ときには死亡することさえあった。そこでアメリカのキャデラック社の社長リーランドHenry M. Lelandがデルコ研究所所長のケッタリングCharles F. Ketteringに開発を委嘱、1912年型のキャデラック車に初めて採用された。


セルモーターの前は、人力ですか! すごいですね。

そのクランク棒をまわして始動させている動画がありました。

 ↓



これはキツイです! (笑)
女性は腕力がある人でも、人前ではできません (^^;)
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2010年01月27日

『一〇〇年前の世界一周』

『一〇〇年前の世界一周』ワルデマール・アベグ写真・回想録
 (ナショナル・ジオグラフィック)

waldemar.jpg

『八〇日間世界一周』の作者ジュール・ヴェルヌが世を去った1905年、1年半をかけて世界一周をしたドイツ人青年ワルデマール・アベグの写真・回想録です。

あれ? カラーは表紙だけでモノクロ写真集かと思っていたら、カラー写真もたくさん。
カラーのものは着色写真なのですが、通常のカラーフィルムで撮ったように奇麗!

ニューヨークやシカゴの写真、20世紀初頭のアメリカ史好きにとっては大変興味深い。

 -- 海側 (ハドソン川?)から撮った、当時の摩天楼。

 -- 馬車や車・高架鉄道。

 -- ベルエポック風のファッションに身を包んだ人たちが街を闊歩している都会の様子。

人々が何かを噛みながら歩いているのに気付き、それは何かと思ったら「チューインガム」だったらしい (^o^)
アメリカ人はいつからガム好きだったんだろう?


「旅のなかでも最も深い印象を与えた国」という日本の写真もすごく新鮮!

当時はハワイから日本は船で10日もかかっていたとか。へぇー。

ガイドであり親友となった「ナカノ」さんと4カ月間日本を巡ったそうです。
(ワルデマールは都会より田舎好きのよう)
このガイドのナカノさん、何枚か写真に写っていますが、一見宮沢賢治風。
家族を養うために学問をあきらめたらしいですが、英語とドイツ語を完璧に操り、常に冷静沈着。
回想録にはニューヨークで会ったドイツ人に紹介されたとある。口コミかぁ。ナカノさんすごいなあ。
そして、桜が咲く頃、下関で花見をして日本を出発。その後は中国やインドへ・・・

写真だけではなく回想録もおもしろい。

当時、ヨーロッパ(とアメリカ)の上流階級で「グランドツアー」と呼ばれる旅行が流行っていた。
ワルデマールの旅もいわゆる「グランドツアー」。

グランドツアーはもともと18、19世紀のイギリスで「紳士としての資格を得るために必見のものを見てまわる」という、「ただ単に旅に出たという事実と、話の種に役立つという旅」だったようですが、20世紀に入ってからは「他の文化を理解する旅」へと変わっていったよう。

そして、この1年半の旅は、ワルデマールのいままでの価値観を変えてしまう旅に・・・

その後のワルデマールは、53才で州知事になったが、「ナチスドイツに反感を抱いていて、第二次世界大戦後、ドイツ国籍を放棄した」とある。80才を過ぎてから、この回想録を執筆。


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2010年01月19日

100年前のアメリカの広告

『Vintage Ad Browser』

アメリカの広告を集めたサイトで、「1800年代〜2000年」まであります。

20世紀初頭の広告は、ほとんどイラスト広告。
味があるっていうんでしょうか。どれも面白いですね。

・トップページにカテゴリー表示
vintage_top.jpg

・カテゴリー内では、年代ごとに見れる
vintage.jpg


日本でもおなじみのものをいくつかピックアップ。


■ポンズ - PONDS (1904)
http://www.vintageadbrowser.com/beauty-and-hygiene-ads-1900s

■リステリン - LISTERINE (1915)
http://www.vintageadbrowser.com/beauty-and-hygiene-ads-1910s/7

■コカコーラ (1905)
http://www.vintageadbrowser.com/coke-ads

■ビクターの蓄音器 (1906)
http://www.vintageadbrowser.com/electronics-ads

■コロンビアの蓄音器 (1914)
http://www.vintageadbrowser.com/communications-ads-1910s

■COLT REVOLVERS - 拳銃 (1906)
http://www.vintageadbrowser.com/guns-ads

■Pyrex の耐熱皿 (1918)
http://www.vintageadbrowser.com/household-ads-1910s

■ヴォーグ - VOGUE (1916〜)
http://www.coverbrowser.com/covers/vogue

■ミシュランのタイヤ (1908)
http://www.vintageadbrowser.com/industry-ads-1900s

■テディ・ベア (1908)
http://www.vintageadbrowser.com/kids-and-babies-ads-1900s

■兵士募集 (1910年代)
http://www.vintageadbrowser.com/military-ads-1910s

■コダックのカメラ (1880〜)
http://www.vintageadbrowser.com/photography-ads

■Gilletteのカミソリ (1919)
http://www.vintageadbrowser.com/shaving-ads
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2010年01月18日

100年前のアメリカの女傑を探す

実在した人物で、キャンディ・キャンディに出てくるエルロイ大おばさまのような女性を探しています。

ポイントとしては、

 ・19世紀末から20世紀初頭
 ・大富豪
 ・「女傑」系

単に「貫禄があって、おっかないおばさん」はたくさんいると思うので、この3点は重要です。

今のところ、この条件にマッチしたのが2名いました。

 ・「ウォール街の魔女」と呼ばれたニューヨークの女相場師 『ヘティ・グリーン (1834-1916)』
 ・シカゴの大富豪 『バーサ・パーマー (1849-1918)』

この2人はともには「女性実業家」。
女性の社会的地位が低い時代にすごいですね。

バーサ・パーマーは、「慈善家で女性の社会問題解決の活動をしている」などと書いてあったので、最初は「ちょっと違うな」と思っていたのだけれど、シカゴ万博では理事長をしたり、彼女に対して「The queen bee of Chicago (シカゴの女王バチ)」という表現が使われていたりと、かなりやり手なイメージに変わった。(^^;)

ヘティ・グリーンはいつもボロボロの服を着て貧乏人のような暮らしをしていたドケチだそうなので、バーサ・パーマーのほうが近いかもしれない。年齢も近そうだ。
でも、ヘティ・グリーンの恐れられ系は似ているので、バーサ・パーマーと合体させればいい感じになるような気がする。
やっぱり単体で似ている人を探すのは厳しい。

ただ、エルロイ大おばさまが実業家としての一面を持つかどうかはわからないんですよね。
マンガでは変わり者のウィリアム大おじさまに変わって、アードレー家の総長として長年一族を束ねてきた様子が描かれているのだけれど、アードレー家の事業に関してはあまり描写がない。
ウィリアム大おじさま (というかアルバートさん) はあまり仕事をしていなかったようなので、銀行をはじめ、手広くやっていた事業はいったい誰が・・・。

でも、シカゴの名士の一人として、そして社交界でも名立たる存在であるのは間違いなさそう。

まあ、とりあえず次はニューヨークの社交界あたりを探してみることにする。



日本で「女傑」といったら誰なのどうだろう? とちょっと考えてみたけれど、あまり思いつかない。
あの時代「女傑」の女性実業家といったら大浦慶くらいしか知らないのだけれど、他に誰かいないかな?
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2010年01月16日

100年前の新聞記事 - TimesMachine

『ニューヨーク・タイムズ誌のサイト』 - 昔の記事のアーカイブ
timesmachine.jpg

創刊の「1951年〜1922年の70年間」分の記事が閲覧できるサービス。 (『TimesMachine (タイムズマシン)』)
※残念ながら定期購読している人のみ対象

でも、サンプルとして一部無料で見れるものがあります。
記事だけではなく広告なども掲載されているため、当時の様子を垣間見ることができて、サンプルだけでも面白い。

  ・創刊日 - 1951年9月18日
  ・リンカーン暗殺を伝えた日 - 1965年4月15日
  ・タイタニック号沈没 - 1912年4月16日
  ・第一次世界大戦終結 - 1918年11月11日
  ・国際連盟設立 - 1919年1月26日



【ニューヨーク・タイムズ】
1851年9月18日に、「ニューヨーク・トリビューン」誌の記者だったHerry J. Raymondと2人の銀行家George Jones、Edward B.Westleyで創刊。
センセーショナルなペニーペーパーではなく品のいい新聞を目指した。
4ページ建てで1セントと安かった。(創刊10週後に8ページ建て2セントに値上げ)

参考文献『アメリカを知る事典』



創刊日の新聞 - 1951年9月18日
創刊時の新聞の題号は 『The New York Times』 ではなく 『New York Daily Times』でした。(1857年に改題)
まだ写真はなく、文字のみ。
当時は写真自体はあったが、それを新聞に載せることは技術的に不可能な時代です。
いつから写真掲載はあったのだろう。気になるけど、サンプルしか見れないので確認できない。
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リンカーン暗殺を伝えた日 - 1965年4月15日
この黒い太線はなんなんでしょう? 当時の「死亡罫」でしょうか?
tm2.jpg

タイタニック号沈没 - 1912年4月16日
タイタニックの記事は6ページもある。
広告が楽しい。写真ではなくイラストで載っている。
コルセットや帽子、靴の値段はいくらかな? ピアノまである。
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第一次世界大戦終結 - 1918年11月11日
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国際連盟設立 - 1919年1月26日
驚くのは国際連盟設立の記事ではなく、この日の新聞は「94ページ」もあること!
良く見たら「日曜版」。でも全部読んだら一日が終わっちゃう。
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※新聞で94ページというのはすごいですね。新聞配達の人、大変だったろうに・・・。
ページ数でいえば、1920年代のフロリダ土地バブルの頃『マイアミ・デイリー・ニューズ』紙は、新聞史上はじまって以来という504ページの新聞を出している。紙面は誇張だらけの不動産広告蘭で埋め尽くされていたそうです。

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2010年01月15日

紙のサイズ - リーガルサイズとレターサイズ

年賀状シーズンはよく目にする紙のサイズがあります。

 「リーガル」
 「レター」


普段はA4サイズでしか印刷しない人が多いと思いますが、用紙のサイズを「はがき」にかえるとき、プルダウンリストに出てくるので目にすることもあるかと思います。

「これなんだろう」とは思うのはその時だけで、いつもすぐに忘れてしまう。

なので、ちょっと調べてみることにする。



どちらも世界規格ではなく、アメリカ独自のサイズのようです。

【レターサイズ (letter size)】
 アメリカでは一般的なサイズ。
 コピー用紙の8割はこのサイズ。
 ビジネスレター、雑誌やノートなども。
 8.5×11インチ(約216×約279ミリ)
 A4サイズよりも、6ミリほど広く、縦に18ミリほど短い。

【リーガルサイズ (legal size)】
 リーガルとは「法」のこと。
 アメリカでは契約書や申請書などによく使われるサイズ。(法律関係や不動産業など)
 8.5×14インチ(約216×約356ミリ)
 A4サイズよりも、幅が6ミリ・長さが6センチ大きい。かなり縦長。




ちなみに、A4サイズなどの「A列」は国際標準サイズ。
ドイツ工業規格が起源で、19世紀末に物理学者のオズワルドによって提案されたサイズ。

B5サイズなどの「B列」は日本独自のもので、「美濃紙」がルーツ。
美濃紙は江戸時代の公用紙で、徳川御三家以外は使うことが許されなかった。
明治政府が公文書に美濃紙サイズを引き継いだ。

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2010年01月14日

アメリカ民謡

『The American Song Treasury: 100 Favorites』 Raph

song.jpg

アメリカ民謡の楽譜です。

日本で売っている楽譜で「アメリカ民謡」だけを扱っているのがなかったので、Amazonで洋書を購入しました。2000円くらい。

100曲のうち、知っている曲は20曲くらいなのですが、

  「この曲もアメリカ民謡だったのか。」

  「この曲スーパーでよく聞くなあ。」

という発見もあり (^o^)

このブログでおいおい紹介していきたいと思います。

年代順 (1620〜1958年まで)
song1.jpg

曲の解説があります
song2.jpg

ピアノとギター譜
song3.jpg

全歌詞
song4.jpg

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2010年01月13日

インフルエンザ - 1918

Influenza 1918 (American Experience)

influenza_1918.jpg

上記のサイトで、1918年にアメリカで発生したインフルエンザの番組が視聴できます。

 ・当時の写真や映像
 ・医者、学者のインタビュー
 ・当時を知る人のインタビュー

※この「American Experience」を制作しているPBSは、アメリカの教育・教養テレビです。
  (PBSは、日本ではセサミストリートが有名)


【発生源】

 ・1918年3月11日。
 ・カンザス州フォートライリー (Fort Riley, Kansas) の兵士。
 ・その後、カンザスの兵士たちはヨーロッパへ出兵し、インフルエンザは各国に広がる。


【1918年という年】

 ・第一次世界大戦でアメリカが参戦中。
 ・航空便が始まる。 [シカゴ - ニューヨーク間] を10時間5分で飛行。
 ・ベーブルースがワールドシリーズでボストンレッドソックスを勝利に導く。


【死者】

 ・世界で少なくとも3000万が死亡。


動画には字幕はありませんが、画面左下の「Show Transcript」でセリフの全文 (英語) が記述してあるページが表示されます。


◆    ◆    ◆    ◆    ◆

■発生源について
wikipediaに発生源がデトロイトと書いてありますが、このカンザス説の方が正しいと思います。
wikiは少し前まで発生源はシカゴとか書いてあったんですよね。(ToT)
どうもシカゴは出典元もはっきりしないネタだったらしい。信じてシカゴであるという裏付け資料を探しまわってしまいました (怒)
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2010年01月03日

大陸横断鉄道

history_dvd.jpg

【大陸横断鉄道】 ヒストリーチャンネル
アメリカの東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道。その開通の裏には壮絶なドラマがあった。立ちはだかる山脈、自然の猛威、ネイティブ・アメリカンの襲撃。労働者達は様々な困難を強靱な精神力と肉体でうち砕き、ついに、線路は繋がった。その瞬間、アメリカの新たな時代がスタートした。


【大陸横断鉄道ができる前の大陸を横断する旅の3つの方法】

 1. 馬 (パナマ地峡のジャングル) → 1か月
 2. 船 (南米の最南端ホーン岬を回る) → 4カ月
 3. 馬車か徒歩 (アメリカの荒野) → 数か月


【2つの鉄道会社が着工】
 ・セントラルパシフィック鉄道 西〜 サクラメント(カリフォルニア州)
 ・ユニオンパシフィック鉄道  東〜 オマハ(ネブラスカ州)

【時代】
 ・南北戦争が始まったばかりの頃
 ・リンカーン大統領

【政府の決定事項】
 ・鉄道債券による融資を1.6kmにつき48,000ドル
 ・鉄道が完成したら返済
 ・線路が1.6km完成するごとに、約52平方キロの土地が鉄道会社に与えられる

2つの鉄道会社は「合流地点を決めないまま」、どちらがより多く線路を敷くか「競争」

 → 助成金と融資・土地を獲得するため


【期間】
 1863〜1869年の6年間

【合流地点】
 ユタ州のプロモントリーポイント

【賭け】
 一日にどれだけレールが敷けるか。
 作業員たちは昼食もとらず働き、最高記録16kmのレールを敷いた。
 4日分の給料が払われた。
 いまだにこの記録は破られていない。

【画期的な方法】
 ・トンネルを掘るのにニトログリセリンを使用。
  危険なため、科学者に毎朝1回分づつ造らせた。(セントラルパシフィック鉄道)

【水】
 蒸気機関車には水が必要。
 1km 進むのに157リットルの水が必要。
 22kmごとに線路脇の貯水タンクに水を置いていた。


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2010年01月02日

電話の歴史

「いったん電話を知ったなら、誰だってそれなしではいられなくなる」

100年以上前にベル社 (電話を発明したグラハム・ベルの会社。後のAT&T) の人が言った言葉らしいです。
当時は電話代が高くて、月収の5パーセント〜10パーセントを電話料金が占めていたと知り一瞬おどろきましたが、よくよく考えたら今の「携帯電話」事情とあんまり変わらないですね。

「電話」を「携帯電話」に置き換えて、

「いったん携帯電話を知ったなら、誰だってそれなしではいられなくなる」



■電話の発明

 ・1876年ベルが発明。(特許取得)
 ・「電話」の発明以前は、「電信」を使用していた。

■使用者

 ・最初に電話に加入したのはどういう人々だったか?

   → 医者 (緊急時の連絡など)
   → ビジネスマン

 ・加入者と回線数 (1891年, ニューヨーク・ニュージャージー電話会社)

  医者と病院 937
  薬局 401
  酒屋 363
  馬車業者 315
  金属加工場 162
  弁護士 146
  工事請負業者 126
  印刷屋 100

  ※事業用の顧客 7322
   住宅用の顧客 1442 (主に医者・事業主・経営者)

 ・増加数 (合衆国の電話機)

  1880年 1000人当たり1台 (6万台)
   ↓
  1893年 250人当たり1台 (26万台)

 ※「電信」の利点は、文書記録。
   ビジネスマンのなかには電話よりも電信に価値をおいているものもいた。


■電話料金

【ベル社独占の時代】

 [1888年 ロサンジェルス都心部]

  ・基本料金は月4ドル
  ・40通話以降、1通話につき2セント加算

   ※非農業労働者の平均賃金の10パーセントにあたる。

 [1888年 ボストン]

  ・基本料金は月6ドル

ベル系列各社は独占をいいことに、市場が耐えられるぎりぎりの高い料金を徴収。暴利をむさぼっていた。


ベル社の特許が切れた1893、1894年以降 - 自由競争時代】

 ・電話料金は急激に下がる。
 ・加入者数は急増。
 ・技術的にも優れたサービス。

■共同回線

 ・複数の顧客で同じ回線を使用する。
 ・個人専用の回線よりも料金が安い。
 ・話し中が多い。
 ・ほかの加入者にも呼び鈴が鳴る。
 ・盗み聞きされる。

■均一料金から測定料金へ

 1900年にシカゴ・ベル社では、10軒共同加入のコイン式共同回線をとりつけた。
 (通話のたびにニッケルを入れる)

■1915年 初の大陸横断通話が成功
    (ニューヨーク → サンフランシスコの万国博覧会の会場に電話)

telephone.jpg

『電話するアメリカ - ネットワークの社会史 (著: クロード・S・フィッシャー)』



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2009年12月29日

写真 (100年以上前のアメリカ)

去年行った写真展のガイドブックを発見。
展示会の期間のみ販売していると思っていたのですが、普通に売っていた・・・
担当学芸員の解説つきの本です。(掲載している写真は、写真展の一部のみ)



『メモリーズ・オブ・アメリカンドリーム』 とんぼの本 東京都写真美術館 (編集)

visions_of_america.jpg

既に終了していますが、こういう写真展でした。

   ↓

 ヴィジョンズ・オブ・アメリカ (東京都写真美術館)

年代別に3回に分けて開催されていたのですが、「第1部 星条旗 (1839-1918)」だけ見ました。

この本には載っていないけれど、シカゴ大火の絵 (の写真?) などもあったと思う。

(演出過剰な)映画やドラマのアメリカのイメージを期待していると、第1部の写真はちょっと重いかも。
決して派手で衝撃的なスクープ写真というのではないけれど、見終わったあとショックでした。
表情が忘れられない。
たぶんそれは、「現実」を映したそれらの写真から、写された人の心の中の不安や辛さなどが伝わってくるからなのかも。


visions_of_america2.jpg


posted by ペコペコ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ史

2009年12月27日

シカゴ - 近代建築

シカゴの建築史を調べています。

【アメリカ独自の木造様式】
1840年代シカゴで、現在の「ツーバイフォー工法」の先駆けである「バルーンフレーム構造」が考案された。
これはアメリカ木造住宅工法の基本となった。

【マーシャル・フィールド・ストア】
シカゴの代表的百貨店 (1885〜87, リチャードソン)
ロマネスク風の半円アーチとルスティカを組み合わせた木造商業建築。
『その威厳ある表現はアメリカの民間都市建築を初めてヨーロッパ的水準に高めたものとみなされ、シカゴの建築家たちに長く模範さとれた。』

【摩天楼】 - アメリカの新建築
1871年のシカゴ大火後。
シカゴではヨーロッパ都市と異なり高さ制限がない。
1889年にエレベーターが電化され、オフィスビルと商業建築の高層化が急速に進んだ。 (※油圧式エレベータは1853年発明)
鉄骨骨組を大火被覆で包む新工法が考案。

 ・モナドノック・ビル (1889-92, バーナムとルート)
 ・リライアンス・ビル (1890-95, バーナムとアトウッド)
 ・カースン・ピリー・スコット百貨店 (1899-1904, サリヴァン)

20世紀初頭は、ニューヨークがシカゴを凌ぐ摩天楼都市となった。


近代建築史 (著:桐敷真次郎 共立出版)



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2009年12月26日

シカゴの歴史について調べる

 ENCYCLOPEDIA of CHICAGO

こちらのサイトは、日本のサイトや英語版wikiでもないような人の名前や会社名などが調べられるので重宝しています。


posted by ペコペコ at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ史