2009年12月29日

写真 (100年以上前のアメリカ)

去年行った写真展のガイドブックを発見。
展示会の期間のみ販売していると思っていたのですが、普通に売っていた・・・
担当学芸員の解説つきの本です。(掲載している写真は、写真展の一部のみ)



『メモリーズ・オブ・アメリカンドリーム』 とんぼの本 東京都写真美術館 (編集)

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既に終了していますが、こういう写真展でした。

   ↓

 ヴィジョンズ・オブ・アメリカ (東京都写真美術館)

年代別に3回に分けて開催されていたのですが、「第1部 星条旗 (1839-1918)」だけ見ました。

この本には載っていないけれど、シカゴ大火の絵 (の写真?) などもあったと思う。

(演出過剰な)映画やドラマのアメリカのイメージを期待していると、第1部の写真はちょっと重いかも。
決して派手で衝撃的なスクープ写真というのではないけれど、見終わったあとショックでした。
表情が忘れられない。
たぶんそれは、「現実」を映したそれらの写真から、写された人の心の中の不安や辛さなどが伝わってくるからなのかも。


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2009年12月28日

ニューヨーク - 路面電車

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ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントに、20世紀初頭の路面電車のレールだけがある。
車の普及とともに路面電車は衰退していったのだが、そんな当時の様子を表しているのかもしれない。


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『Manhattan's Lost Streetcars』 著者: Stephen L. Meyers

当時のニューヨークの路面電車の写真集があった。
日本語の本で100年前のアメリカの写真ってあまりないので見てみたい。探したけれど図書館にはないなぁ・・・
この写真集買うか迷ったのだけれど、Google Booksで本の一部が試し読みできるのを発見。

 Manhattan's Lost Streetcars (Google Books)

面白そう。
Google Booksは著作権がらみで各国で問題になっていますが、買う側にしてみれば事前に確認できるのでありがたいですね。



ニューヨーク路面電車が他の都市と違うところは、

 「上には架線がない!」

ニューヨークでは景観にうるさかったので、条例により 「空中に電線を貼ることが禁止」 されていたのです。

じゃあ、電気はどこからとっていたのだろう。

ニューヨークの路面電車は、「地中に埋設した給電線から、集電靴で集電」する方式で、「暗渠式集電」とか「コンデュイット方式」と言うらしい。

100年前のブロードウェイの写真をよーく見ると、レールが3本ある!
中央のレールが集電用のレールになっているらしい。
(※ディズニーシーの路面電車のレールはわかりやすく2本)

地面から電気を得るなんて歩いている人が感電しないか心配だけれど、必要な時だけ電流を流すように工夫されていたようだ。

敷設するために地面を掘らなければならなかったので、手間もお金もかかり大変だったみたい。

この方式、雨水で絶縁不良を起こす恐れがあったので、雨の多い日本では実現しなかった。

技術的なしくみは、『路面電車の技術と歩み (著:吉川 文夫 グランプリ出版)』の47、48ページに書いてある。

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2009年12月27日

シカゴ - 近代建築

シカゴの建築史を調べています。

【アメリカ独自の木造様式】
1840年代シカゴで、現在の「ツーバイフォー工法」の先駆けである「バルーンフレーム構造」が考案された。
これはアメリカ木造住宅工法の基本となった。

【マーシャル・フィールド・ストア】
シカゴの代表的百貨店 (1885〜87, リチャードソン)
ロマネスク風の半円アーチとルスティカを組み合わせた木造商業建築。
『その威厳ある表現はアメリカの民間都市建築を初めてヨーロッパ的水準に高めたものとみなされ、シカゴの建築家たちに長く模範さとれた。』

【摩天楼】 - アメリカの新建築
1871年のシカゴ大火後。
シカゴではヨーロッパ都市と異なり高さ制限がない。
1889年にエレベーターが電化され、オフィスビルと商業建築の高層化が急速に進んだ。 (※油圧式エレベータは1853年発明)
鉄骨骨組を大火被覆で包む新工法が考案。

 ・モナドノック・ビル (1889-92, バーナムとルート)
 ・リライアンス・ビル (1890-95, バーナムとアトウッド)
 ・カースン・ピリー・スコット百貨店 (1899-1904, サリヴァン)

20世紀初頭は、ニューヨークがシカゴを凌ぐ摩天楼都市となった。


近代建築史 (著:桐敷真次郎 共立出版)



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2009年12月26日

シカゴの歴史について調べる

 ENCYCLOPEDIA of CHICAGO

こちらのサイトは、日本のサイトや英語版wikiでもないような人の名前や会社名などが調べられるので重宝しています。


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2009年12月25日

山猫 (wildcat)

山猫といったら、宮沢賢治の「どんぐりと山猫」か「山猫軒」を思い浮かべる人は多いのではないかと思います。
アメリカ史の本を読んでいると、たまに「山猫銀行」「山猫スト」などが出てくるのですが、一瞬ちょっとかわいいイメージを思い浮かべてしまったりする。
(ちょっと違うけれど、Apache Tomcatのロゴとか・・・アメリカ的なイメージを)

でもこの「山猫」、かなりの「悪」です。
辞書・事典で調べてみる。 

【wildcat】 (猫以外)
 [企業・経営] 無謀な、不健全な、非合法の、無認可の、向う見ずな、でたらめな、非合法の
 [機関車・列車] 臨時走行の、暴走している

【山猫銀行】
19世紀前半のアメリカでは金融機関は未発達で、連邦政府の規制もゆるやかであった。
正貨は不足しており、銀行券に対する必要は大きかったので、各種の州法銀行が設立されたが、中には正金の準備がごくわずかで銀行券を濫発する不健全なものもあった。
これらは、人間よりも山猫のほうが多いような所に店を構えて、史実上兌換を困難ならしめたので、山猫銀行と呼ばれた。
『アメリカを知る事典』より

【山猫スト】
 労組本部の承認なしのスト (a wildcat strike)
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2009年12月24日

軍事書簡

『戦場を駆け抜けた書簡 - 軍事郵便物語』 (原書房)
  著: 拓植久慶

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【アメリカ】
・1847年 近代郵便制度 - 切手が登場
 文盲は珍しくない時代
・1862年 切手は3セント
 検閲なし。母親あての手紙に兵力の数字が出てきたりしている。
 機密保持の概念がない。
・1863年 切手は10セント
・第一次世界大戦
 「U.S.ARMY POST OFFICE MPES」→ 郵便印
 Y.M.C.A.の封筒が多い
 AMERICAN EXPEDITIONARY FORCES (アメリカ遠征軍) → 軍事郵便印
 白頭鷲の紋章 → 検閲印
 一般の下士官や兵士は「SOLDIER'S LETTER」の印を押される

【フランス】
・1831年 軍事郵便は制度としてフランスで確立
・1841年からは切手による前払いの郵便制度が施行。
・1870年 普仏戦争から、切手なしの郵税免除になった。
  例:  「P.D.」
       → 郵便料金支払済印
     「Armee de Bretaghe」 (ブルターニュ軍)
       → 軍事郵便扱いの証明
     「F.M.」
       → フランス語で軍事郵税免除の意味。 
・第一次世界大戦
  自由の女神の座像 → 承認印
  「POSTE AUX ARMEES」 → 軍事郵便印 (今日も使用されている)
  野戦病院からの郵便 → 大半は自由の女神の座像。赤く印刷した赤十字マークを使用したものもある。

【イギリス】
・第一次世界大戦
 筆不精の人でも出せる「FIELD SERVICE POST CARD」という、元気でいることだけ知らせるハガキがかなり広く使用された。(機密に触れる恐れもない)
 戦場の受け取り人がすでに戦死していた場合、「KILLED IN ACTION」と書かれ、差出人へ返送された。

【日本】
・軍事郵便は明治以降に整備されていった。
 ただし、当時は検閲制度が徹底されていなかった。
 ※戦闘状況を詳細に記した書簡がある。

【その他】
「イギリス」が切手に加刷するやり方をはじめ、それを下士官兵に「月二通」に限り配布。
「フランス」と「日本」はその方式をそっくり踏襲。
 ※日本の場合は『軍事』と加刷。配布されたもの以外の郵便は自費。
第一次世界大戦では検閲制度は常識となる。軍事郵便だけではなく、国際間の郵便物にも必ず検閲が行われた。



【ペコペコの記憶あいまいメモ】
この本を読んでる最中、思い出したものをとりあえずメモ。

『バロン滋野の生涯』に、第一次世界大戦でフランス軍から日本の母親へ送った手紙の内容が書いてあったように思う。
日本語だったので検閲されなかった?
(ちょっと記憶があやしいので確認しよう)

アメリカで第一次世界大戦の軍事郵便は、検閲の関係で戦地の情報が細かく書かれた手紙は珍しいと何かの本に書いてあった。
『ラブ・アンド・ウォー』(ヘミングウェイ関連の本)だっけな? アメリカ人看護婦が検閲を逃れて手紙を送る方法が書いてあったような... これも記憶があいまい。

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2009年12月23日

シカゴ - 摩天楼

【スカイスクレーパー (skyscraper)】

『1880年代後半からアメリカの大都市に出現した高層ビルの総称で、[摩天楼] と訳す。
以来今日まで、おもに事務所・商業建築として各種方式が展開されてきた。
 19世紀半ばの鉄材 (初めは鋳鉄、後に鉄鋼) とエレベーターの登場、その後の鉄骨造の導入は、高層化を飛躍的に進め、シカゴを舞台に、より高くかつ軽快で透明な建築タイプが追及され、90年代に最盛期を迎えた。
構造と外観の一体表現、上下連続させた細身の柱と幅広い窓による重量感の軽減、そして垂直上昇感の強調、伝統様式を離れた自由なデザインなど、合理的な解決を示す例に、

 タコマ・ビル (1889 ホラバード、ロシェ)
 ライター・ビル (1890 W.ジェニー)
 リライアンス・ビル (1894 バーナム、ルート)


などがある。
なお、詩人サンドバーグは [シカゴ詩集] の中の一編 [スカイスクレーパー] で、高層ビルの1日を描いている。

一方、20世紀初頭のニューヨークでは、頂上に尖塔をのせ、随所に装飾を施した折衝様式の高層建築が流行し、シカゴの箱型建築と対比をなした。

 シンガー・ビル (1907)
 ウルワース・ビル (1913 C.ギルバート)


などが代表例。

     (後略)   』

『アメリカを知る事典 (平凡社)』より



【シカゴ大火】
1871年10月8日夜にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市内で発生した大規模火災。
大火後は、市は中心街での木造住宅を禁止し、煉瓦・石・鉄の使用を義務付けた。
シカゴは建築家にとって絶好の市場となり、スカイスクレーパー (摩天楼) の時代を迎えることになる。


【ニューヨークのスカイスクレーパー・ミュージアム】
The Skyscraper Museum (http://www.skyscraper.org)



シカゴの高層建築に関するいい本がなかなか見つからない。(写真が少ない)
いまのところ、旅行のガイドブックがいちばんわかりやすかった。
「近代建築」「シカゴ派」をキーワードにもう少し探してみることにする。

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2009年12月21日

シカゴ - 鉄道

シカゴが鉄道の拠点になるまで

【19世紀初頭】
・シカゴは人口わずか3万ばかりの小さな町。

【19世紀半ば】
・1845年、当時の名物市長オグデンが鉄道の建設を熱心に提唱。

『駅に高い塔を立てさせて自らこれに登り、望遠鏡を以て遥か彼方より入構して来る列車をキャッチして、直ちに待合せ客に知らせる程の熱の入れようで、これに倣って市内の一流旅館も見張り塔を設け、発着する列車やミシガン湖を往来する輸船の動静を捉えてタイミング好く、送迎用の馬車を送り出すようになった』

というエピソードが残っている。

・数多くの鉄道が次々と放射線状に敷設されたので、またたく間に全米最大の鉄道の拠点に押しあがった。

『シカゴに鉄道ターミナルが増えるに従い、乗り継ぎ客の間からターミナルの間を結ぶ便を求める声が高まって来たのに応えて、1853年フランク・バーメリーが、特性の美しい服を麗々しく着こんだ御者の操る奇麗なターミナル連絡乗合馬車を走らせて、大変重宝がられ好く繁盛した。』

・シカゴ市内にある鉄道ターミナルの数は11に達した。

・旅客サービス
 幹線列車の上級客車の片隅に水タンクを取り付けて、簡単ながらも洗面所を設置
 車内に新聞売りを乗り込ませることが一般化した
 寝台車の開発 - シカゴ・アンド・アルトン鉄道の客車 (シカゴ〜ブルーミントン間) が世界に名を馳せたプルマン寝台車の発祥。
 食堂車がなかったので、弁当を持ち込むか、停車時間中に駅食堂に駆け込んで食べるしかなかった。

【1869年 - 大陸横断鉄道開通】

「セントラル・パシフィック鉄道」と「ユニオン・パシフィック鉄道」のレール結合式の光景
 (ユタ州プロモントリー・ポイント)

両鉄道会社の社長が『カリフォルニア州政庁より寄贈された黄金造りの犬釘が手渡され、御両人はそれを美しく磨かれた月桂樹の枕木に、用意された銀の大槌を振るって打ち込む劇的作業に入ったのですが、どちらも慣れぬ事とて共に仲良く失敗してレールを叩き、並み居る本職の工員を大いに笑わせ、機関車は汽笛と鐘を鳴らして冷やかすというユーモラスな寸劇が演じられた』
  
直ちに電信で全国に告げられた。
ワシントンでは国会議事堂上の旗竿から特大のくす玉が割われた。
ニューヨークでは一斉に祝砲。
シカゴでは6キロメートルを超える祝賀大行進。
サンフランシスコでは市内の火災報知機用ベルを一斉に鳴らした。

・一日のレール敷設の最高記録は10マイル (16キロメートル) 。アイルランド人&中国人
・サクラメント〜シカゴ間はわずか4日間。
・どちらの会社も突貫工事だったため、開通後の数年間は工事のやり直しを行った。

【メモ】
 シカゴ・アンド・ノース・ウェスタン鉄道 (1848)
 シカゴ・バーリントン・アンド・クィンシー鉄道 (1849)
 シカゴ・ロックアイランド・アンド・パシフィック鉄道 (1852)
 シカゴ・ミルウォーキー・セントポール・アンド・パシフィック鉄道 (1847)

参考文献: 『米国鉄道歴史物語 (著: 辻 圭吉)』



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2009年12月20日

エジソンの蓄音機

ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントにあった蓄音機

「EDISON HOME PHONOGRAPH」
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エジソンの家庭用の蓄音機で、1900年代に発売されていたもの。
A、B、C・・・と複数のモデルがあったようです。(1896〜1913年まで7つのモデル)
ホーン以外は、1903年製造のModel Aと同じ物のように思います。
※ホーンの部分は調査不足のため正確にはわかりませんが、このタイプはCYGNET HORNと言うらしい。1910年製造のModel Dのホーンに似ています。

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アメリカのeBayでは、数万円で出品されていました。


「シリンダーレコード」

手前にある「EDISON BLUE AMBEROL RECORD」という筒は「シリンダーレコード」で、これに録音・再生して使用していました。今でいうレコードやCD等のメディア。
たぶんレプリカだと思う。

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1908年の雑誌の広告
1908_amberol.jpg

eBayでは4分のものが多く出品されていました。


【蓄音機】 - 1877年
『エジソンは銅製の円筒(シリンダー)に錫箔(すずはく)を巻き付けたものを手で回転させ、振動板に直結した録音針を錫箔に押し当てて、錫箔の変形としてつくられる溝の深さを音の強さに応じて変化させることにより音を記録した。
そして、この溝を針でふたたびたどらせることにより、音を再生した。
エジソンはこの世界最初の録音・再生機をフォノグラフPhonographと名づけて発表した。
最初の公開でフォノグラフから再生された音は、エジソン自身の声による『メリーさんの羊』であったと伝えられている。
(中略)

円筒形レコードは複製による大量生産ができないという致命的な欠陥があった。』

参考文献: Yahoo! 百科事典 - 蓄音機



2009年12月18日

20世紀初頭の映画女優

『メアリー・ピックフォード』

1909年に映画デビュー。
『足長おじさん』や『小公女』などが当たり役で無邪気な少女役を演じた。
映画界初のビッグ・スターと言われ、出演料は、1909年は週40ドルで、1911年には週275ドル。1917年のボーナスは年315万ドル。
1929年にアカデミー主演女優賞を受賞。

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American Experience - Mary Pickford


みごとな「縦ロール」のヘアスタイル。
ひたいにかかる巻き毛がトレードマークだったようだ。

上記の写真のメアリーは髪型だけみると、キャンディ・キャンディのイライザみたい。
他の写真はもっと柔らかいウェーブ。

役柄はイライザ役よりはキャンディ役の方かな。


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2009年12月16日

地下鉄の歴史

アメリカの地下鉄の歴史

【ボストン】
 ・1897年開通
 ・Treamont Street Subway
 ・地下路面電車
 ・区間 [Park Street 〜 Public Garden]
 ・アメリカ大陸初の地下駅

【ニューヨーク】
 ・1904年開通
 ・ITR線 (電化)
 ・会社 [Interborough Rapid Transit 社]
 ・区間 [City Hall 〜 145th Street]
 ・参考 [American Experience] [wiki]

【フィラデルフィア】
 ・1907年開通
 ・Market Frankford線
 ・区間 [69th 〜 15th]

【シカゴ】
 ・1892年に蒸気運転による高架鉄道として開業
 ・South Side Line
 ・1895年に都市交通としては世界初の電気運転が採用。
 ・1898年に世界初の電動列車(統括制御式電車)が採用。
  (この方式はニューヨークの地下鉄で採用された)
 ・1943年に初めて地下区間が開通


参考文献 『最新 世界の地下鉄』



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2009年12月14日

100年前のアメリカにあった日本の銀行

ディズニーランドのワールドバザールは、19世紀後半から20世紀初頭のアメリカを再現しています。

銀行も通常業務を行っており、当時を忠実に再現していたりします。
初めて利用する人は「ここって使えるの?」と半信半疑の様子。

写真は「三井住友銀行 (東京ディズニーランド出張所)」。

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真ん中の大きい絵は、江戸時代の越後屋でしょうか?
のれんに「井げたの中に三」の三井のマークのようなものが描かれていました。

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ランド内で一番ふかふかなソファー。



「銀行強盗対策」に窓口が格子になっていたり、行員さんの制服もディズニーランド仕様で通常の制服とは違いました。
ちょうど閉店時間の21:00に通りかかったら、警備員さんの制服まで当時風。おもしろい帽子をかぶっていた (^o^)

「100年前のアメリカには、日本の銀行はあったのかな?」と思い調べてみたところ、

あった、あった! 住友銀行は積極的に海外進出していたようです。

『住友銀行百年史』によると、



・【1916年9月】 カリフォルニアに 「桑港(サンフランシスコ)支店」 を開設。

・【1916年10月】 The Sumitomo Bank of Hawaii
          ホノルル市フォート街801番地に 「布哇 (ハワイ) 住友銀行」 を設立。

・【1918年1月】 「シアトル支店」 開設。

・【1918年2月】 ブロードウェー147番地に 「紐育 (ニューヨーク) 出張所」 を開設。
           (1922年に紐育支店に改称)

・【1919年11月】 The Sumitomo Bank of Seattle
          シアトル市第3街802に 「シアトル住友銀行」 を開業。

・【1924年?月】 「ロスアンゼルス支店」 開設。

・【1925年3月】 The Sumitomo Bank of Calfornia
          「加州 (カリフォルニア) 住友銀行」 設立。




◆その他
・日系人が多い地域に出店 (日本へ送金するニーズが高かった)。
  サンフランシスコ - 最初に日本人が移住。
  ハワイ - 1918年(大正7)には人口の4割にあたる約一万人にが日系人。
・当時、横浜正金銀行 (東京銀行の前身で、現在は東京三菱銀行) もニューヨーク支店があったと何かの本で読んだ。
・1918年5月 ヨーロッパには 「倫敦(ロンドン)支店」 をグレースチャーチ街87番地に開設。
 (当時世界の金融の中心はアメリカではなくイギリス)


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 当時の住友銀行ニューヨーク支店

2009年12月13日

幻のトンネル

80年前の「タイムトンネル」、大阪で発見

12月11日7時3分配信 読売新聞


明治、大正に大阪―奈良間を結んだ大阪鉄道の路線で、1931、32年の大規模な地滑りですべて崩壊したとみられていたトンネル「亀ノ瀬隧道(ずいどう)」(大阪府柏原市)の一部がほぼ原形のまま見つかり、9日、報道各社に公開された。

 約80年前、土砂の下に消えた〈幻のトンネル〉に、関係者は「まさか当時のまま残っていたとは」と驚いている。

 トンネルは1892年、大和川右岸の生駒山地を貫いて建設された。昭和初期の地滑り後、出入り口が封鎖され、間もなく現場を迂回(うかい)する別の路線(現JR関西線)が建設された。

 見つかったアーチ状のトンネル内部はれんがで覆われ、幅3・3メートル、高さ4・6メートル。昨年、国土交通省が排水トンネルの敷設工事で周辺を掘削作業中、全長約500メートルのうち、66メートルが崩壊を免れているのを確認した。同市教委と国交省は、一般公開の方法を検討する。市教委の担当者は「約80年前の空気が詰まったまさにタイムトンネル」と話した。


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見つかった亀ノ瀬隧道の一部。蒸気機関車のすすで天井が黒くなっている。 (asahi.com)


今から約100年前、ニューヨークで似たようなことが出来事があった。


「1912年2月、BMT (ブルックリン=マンハッタン輸送会社) の作業員たちが自分たちの路線建設の中にこのトンネルに行き当たったときは肝をつぶしたものだ。
それが最初に公衆の目に触れて以来、42年の歳月が流れた。それはまるで考古学的発見のようだった。
駅は、まだほとんどそのままの状態で保存されていた。長く水が枯れていた噴水も、依然そこにあり、車は線路上にあった。
シールドさえも、トンネルの最先端の壁際に決然とした様子で置かれていた。
シールドの木製隔壁はすでに腐っていたが、さびついた金属フレームはまだ強靭だった。

(中略)

トンネルは結局BMT市庁舎駅の一部となり、一枚の簡素な飾り板がこの来歴を物語っている。」


参考文献『世界地下鉄物語 (著:ベンソン・ボブリック 晶文社)』 - 第6章 幻の地下鉄


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1912年の発見当時の写真

【2010/8/19 追記】
以下の新聞記事は、これとたぶん同じトンネルのことだと思います。今は月一で見学ツアーがあるらしい。行ってみたいなぁ。 (以下は記事引用)

【外信コラム】NY地下に広がる忘れられたトンネル…魅惑の世界
2010.8.19 02:54

 ニューヨーク・ブルックリンの目抜き通りの下に、使われていない地下トンネルが眠っていることは、ニューヨーカーにもあまり知られていない。月に1度、見学ツアーが行われているというのでのぞいてみた。

 車が行き交う大通りの真ん中にあるマンホールを入り口に地下世界の探検が始まる。トンネルは郊外に向けて延びるロングアイランド鉄道用に掘られたもので、1844年に開業し、14年間にわたって使用されたものの、その後閉鎖され存在が忘れ去られてしまっていたという。

 地元住民のボブ・ダイアモンドさんがうわさを耳にし、古い記事などをもとにトンネルを再発見したのが1980年。ダイアモンドさんはその後、語り部として今でもツアーで当時のいきさつを語り続けている。

 個人的に、地下世界にはいささか興味がある。ロサンゼルス支局時代、フレズノというカリフォルニア中部の街で忘れられた地下街の一部が発見されたとの記事を書いたこともあった。

 そんな話を何気なくトンネルの中で、テキサス州オースティンからやってきた男性教師にすると、驚いたことに「その話は知っている」という。彼は全米の地下トンネルを調べ上げているマニアだった。地下世界の魅力にはどうやら、普遍的なものがあるようだ。 (産経新聞)



◆    ◆    ◆    ◆    ◆

【ディズニーシー】
ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントは1912年の設定で、地下鉄の入り口がある。
ニューヨークの幻のトンネルが発見された年と同じ。

2009年12月12日

クックストーブ/クッキングストーブ

クックストーブ (cookstove)

ディズニーランドの『グランマ・サラ』で、クックストーブを発見。
ここのアメリカンカントリーの雰囲気大好き♪

料理を受け取るカウンターの後ろにあり、業務用コーヒーメーカーが上に乗っていた。
製造メーカーや年代は不明。 【追記】メーカー・製品名わかりました。写真・詳細はこちら。

使い込まれて古そうなクックストーブだったけれど、他にも昔風のキッチン用品がいろいろ置いてあった。本物なのかな?

子供の頃はガスのオーブンだったので、火加減や調理時間が難しかった。クッキーを焼いても、焼き具合が一定しない(笑)
だけど「薪」はもっと大変そう!

クックストーブは、
 「大草原の『小さな家の料理の本』―ローラ・インガルス一家の物語から」

 「赤毛のアン レシピ・ノート―L.M.モンゴメリの台所から」
に書いてあったような記憶が・・・
もう少し詳しく調べてみようと思う。




2009年12月10日

アメリカを知る事典

『アメリカを知る事典』 (平凡社)
 監修:  
  斉藤眞
  金関寿夫
  亀井俊介
  阿部斉
  岡田泰男
  荒このみ
  須藤功

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この本をみつけた時、値段が5400円とちょっとお高めだったので、買うかどうかすごく迷ったのですが、買ってよかったですよ。
私には5400円以上の価値がありました。

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アメリカ好きな方、wikiは信憑性が低いのでちょっと・・・という方にはぜひおすすめ。

※wikiとは逆に、項目の一つ一つに「執筆者の署名」があります。


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2009年12月09日

ミシン

ディズニーランドとディズニーシーで100年前の古い「ミシン」を発見

ディズニーシーのニューヨークデリ内
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はじめは「レプリカ」かディズニーが得意とする「エイジング」技術で、わざと古そうに見せているのかと思ったのだけれど、よく見ると本物っぽい。

実在した製品か調べてみたところ... あった、あった。似てるのがあった♪ 

このミシンは 「シンガー社製 の Model 99 (1920年代〜1930年代)」 のようだ。
アメリカのeBayで同モデルのものが 100ドル 前後で出品されていた。
ミシンマニアのサイトもいろいろあって、ミシンの世界もけっこう奥が深そうだ。


こちらは、ディズニーランドのワールドバザールにあったもの
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シカゴの通信販売会社「シアーズ・ローバック (1893)」が販売していた「MINNESOTA Model A」
製造はDavis Sewing Machine社。
値段は1910年で16ドル (現在の300ドル相当)。
Davis Sewing Machine社が販売していた最高級品モデルEと同一。

※参考: 1910年の当時一般市民の年収
      ・農業 = 336ドル
      ・学校職員 = 492ドル
      ・産業 = 630ドル


ワールドバザールにもう一台あって、こちらもシンガー社製のもの
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実家に母が使っていた古い足踏みミシンがあったので (今もあるのかな?)、このミシンを見たとき子供のころのことをいろいろ思い出したりして、なんか「懐かしくて、あったかい」気持ちになりました。
いいなぁ、足踏みミシン。

アナログな機械って馴染めば馴染むほど、自分の体の一部になった感じがしますよねぇ。
最近そういうのないなぁ。


◆    ◆    ◆    ◆    ◆


【アメリカの服飾産業 − 大量生産の歴史】

 ・ミシンの改良・特許・普及 (1850年。シンガーが現在と同じ構造のミシンを発明)
   ↓
 ・洋服の型紙の発明 (1863年)
   ↓
 ・既製服 (1900年代)
   ↓
 ・工場で大量生産

  ※手動ミシンの値段: 25ドル(1900年)

2009年12月08日

100年前のニューヨーク

『100年前のニューヨーク』 (マール社)

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100年前のニューヨーク市全域の主な建物と市街地の写真や絵を紹介した本。

原著は『KING'S VIEW OF NEW YORK』という100年前の1908年に出版された本なので、説明文も当時のもの。

なので、「現在建築工事の途中」なんて文言もあり、

  ・建物の土地代
  ・総工費
  ・高さ
  ・総床面積
  ・ビルの所有者の名前(社長・オーナー) etc...

なども載っている。

ちょうど都市交通システムの過渡期なので、道は人・馬車・路面電車・車でごっちゃごちゃ。もちろん信号なんてないし!

それにしても100年前であるにもかかわらず、高層ビルが立ち並ぶ摩天楼には驚き。

おもしろいのは、原著の『KING'S VIEW OF NEW YORK』の表紙は、当時の人が思い描いた「未来のニューヨーク」。

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The Skyscraper Museum

高層ビルは「超」高層ビルとなり、高架鉄道はその「超」高層ビルの上を走る「超」高架鉄道となっている。

怖いけど、その「超」高架鉄道には乗ってみたい (^o^)


◆    ◆    ◆    ◆    ◆

【ディズニーシー】
ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントは1912年の設定なので、この本の写真と絵はその数年前の実際のニューヨークの様子。
ポートディスカバリーの建造物は、20世紀初頭の人々が描いた未来像をもとにデザインされているらしい。

【キャンディ・キャンディ】
作品中には1912年〜1914年のニューヨークがでてくる。
※舞台はこの本の数年後のニューヨーク。

2009年12月07日

11ぴきのねことアメリカ史

『「アメリカ」の作り方』
 著:歴史探検隊 (文春文庫)

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馬場のぼるさんの11ぴきのねこの挿絵は最高♪
お気に入りの本です。
馬場のぼるさんの絵本は持っていても、この「挿絵」の本の存在を知らないファンはけっこういるのではないかと思います。

私が持っている本は、紙の色が変色してボロボロになってしまったので、新品のものを買い替えたいんですが、すでに絶版...


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アルカポネとギャングたち。
ねこたちはOK牧場で決闘したり、大統領になったり...



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※アメリカ史とは関係ありませんが、

  「11ぴきのねこと仲間たち」 カレンダー (こぐま社)

 買っちゃいました。間に合ってよかった〜。
 来年一年間、和ませてもらおう。

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 カレンダーの販売は10年ぶりだそうです。なんでだろう。
 来年は虎年。とらねこだから?

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【11ぴきのねこ】
この愛嬌たっぷりの風貌とは裏腹のワルねこ集団。
たくらみはいつも失敗に終わる。

posted by ペコペコ at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ史